絵ピソード

その95
 過労死は長時間労働のせい、長時間労働は低賃金のせい、低賃金は中小企業が多すぎる日本経済の二重構造のせい。複雑な問題でも原因はシンプルなもの。デービッド・アトキンスン氏が言う通り。
 日本の15歳の読解力が前回の世界8位から15位に大きく後退しているというPISAの結果の原因もシンプルで、それは日本の学校教育が、落ちこぼれた生徒を落ちこぼしたまま一顧だにせず、救わないからと言えるでしょう。あるいは日本の教育が、フィンランドのような「落ちこぼれを作らない」という明確で本質的な教育目標を持たないせいと言い換えてもいいでしょう。
 国立情報学研究所社会共有知研究センター長、教授、数学者の新井紀子先生が2011年から取り組みを開始した人工知能プロジェクト「ロボットは東大に入れるか」。このプロジェクトは、2030年までに、どんな職業がロボットに代替されて、どんな職業が人間に残るのかを正確に予測するために始めたプロジェクトです。東大を受験するロボット、名付けて東ロボ君は、2015年6月実施の進研マーク模試を他の40万人の受験生とともに受験し、偏差値57、8をマークする所まで成績を上げましたが、東大合格に必要となる読解力に問題があり、ビッグデータと深層学習を利用した統計的学習という現在のAI理論では、これ以上の成績向上はなんらかのブレイクスルーがない限り不可能と診断され、2016年11月東ロボ君プロジェクトは修了しました。
 AIは意味を理解できません。「知識に比べて幼稚な知能」という現代AIの課題が明らかになりました。しかし文章の読解力が致命的にない東ロボ君が50万人いる受験生の上位20%に入る「MARCH=明治、青山学院、立教、中央各大学合格レベル」というそこそこの成績を収めたことで、日本の高校生の読解力が危機的レベルにあることが明らかになりました。
 そこで新井紀子先生は、高校生の読解力を高める研究へと目標を移行し、中高生の読解力を問うリーディングスキルテスト=RSTの開発を進めました。RSTは事実について書かれている短い文章を正確に読めるかどうかを、6分野7項目の異なる観点から、簡易的に診断するテストです。
 新井紀子先生の著書に自己診断用のRSTが載っており早速やってみたらびっくり。あなたは「情報過多論理力不足」というタイプですとの診断が出ました。私の読解力の特徴をズバリと言い当てています。私は活字中毒で、本はたくさん読むけど、論理的思考に弱くマニュアルは苦手で読まないタイプです。新井紀子先生によると、読解力は、読書の好き嫌いや、主として読む本の分野等とは相関は見られないそうです。「AIに負けない読解力を磨くにはどうすればいいのか。このままでは私達はAIに負けてしまう」。PISA読解力低下は子供達からのSOSであるというのが新井紀子先生の主張です。

その96

 日本は資源のない国です。というか資源が一つしかない国です。人的資源以外、世界に誇るべき資源がない国、それが日本です。この頃外国人観光客すなわちインバウンドが激増しています。一昔前に比べて大幅に増えているインバウンドの皆さんが口を揃えておっしゃるのが、日本では普通の人のレベルが高い。日本の町はゴミひとつなく清潔である。日本人は親切で落としたものはそれが現金でも戻ってくる。治安が良く世界一安全な国だ、などの賛辞をよく聞きます。
 その国民性は古代から始まる稲作農耕が培ったものでしょう。特に、日本史上260年も平和が続いた江戸時代に日本人のあり方が確立したと言われています。世界史の古代には160年ほど平和が続いたパックスロマーナ(Pax Romana)=ローマの平和という時代がありますが、日本の平和=pax  Japanaは近代のことであり、期間も長く世界に類をみない出来事でした。更に鎖国制度を敷いており、極東の小さな島国に同一民族がひしめき合う、世界の中でも特殊な時代でした。江戸時代は、約300藩に国土が分かれた地方分権制度の国で、士農工商という身分制度が厳然としてありました。近代社会でありながら封建制が色濃く残っていたのが江戸時代でした。ちなみに江戸幕藩体制の創始者は徳川家康で、同時代にイギリスのエリザベス1世や、フランスのルイ14世がいます。この二人は最も有名な絶対君主であり、ヨーロッパでは17世紀にはすでに中央集権制の近代国家が出来上がっていました。
 日本は、同調圧力の強い国です。個性を出さずに周りに合わせる協調性が、日本では1番大切な個人の資質です。そして、その延長上に滅私奉公の勤勉さがあります。イエの掟、ムラの掟を守り、最後は国家のために戦死し、会社のために過労死する。その気質は一体どこから来ているのでしょうか。それは江戸時代の人口の86%を占めたのが農民だったという事実でしょう。しかも米作中心の農民です。米は、タネを撒くべき時、イネを収穫すべき時など、地方によっては少々異なるものの、農作業カレンダーがほぼきまっている作物です。ある人は3月に、ある人は6月にタネを撒くということはできません。ほぼ一斉に田植え、ほぼ一斉に稲刈りをしなければなりません。「隣り百姓」とはよく言ったものです。「隣りが種まきをしたようだ、そろそろうちも。」「隣りが田の草取りを始めたからうちも明日からやるぞ。」というように隣近所を見ながら作業したのです。しかも作業する時間も決まっていて半年もかけて田植えをするなどということはできません。ですから短期間に皆一斉に勤勉に働かなければならなかったのです。勤勉で協調的な国民性が作られていくわけです。
 キリスト教の流入阻止のための鎖国でしたから、江戸時代の民衆は仏教のお寺に所属させられました。寺請制度です。僧侶は寺に檀家の子供達を集め「読み、書き、算盤」の基礎教育を施しました。即ち寺子屋教育です。隣近所一斉に行動する「隣り百姓」的行動原理によって、江戸時代の日本人の識字率は極めて高く、幕末では驚異的なほぼ70%から90%だったと言われています。とにかく庶民の教育水準が高かった。このことが明治維新によって短期間のうちに日本が近代国家化した大きな原因です。明治時代になってからたった50年で重化学工業まで確立し、アジアで唯一資本主義化できたのも、国民即ち労働者の資質が高かったからでしょう。
 その日本人の読解力に、今赤信号がついているのです。大変な一大事です。日本で唯一誇れる人的資源が、来るべきAI時代に、使い物にならなくなるかもしれません。

その97

 読解力は世界15位ですが、国民一人当たりのGDPは世界26位です。もはや日本は先進国ではありません。それでは発展途上国?いや一度発展はしているので、転落途上国だそうです。言い得て妙ですね。
 ある時、公立高校の英語教師をしていた知人にばったり会いました。私より5歳ほど若いのに、すっかり老けて顔が皺だらけになっていました。聞けば昨年定年退職したそうですが、最後の職場になった高校はいわゆる教育困難校で授業が成り立たず、学級崩壊していたそうです。授業中も後ろで男子生徒がサッカーをしている、女子生徒は席に座ってはいるがお化粧に余念がない、誰も授業など聞いてない教室で、その知人は黒板と向き合って授業し、生徒の方は一度も見なかったそうです。えーーーっとびっくりしました。そんな高校あるの???
 で、インターネットで検索したところ教育困難校のスレッドが立っていました。もう満杯の1000の投稿があり倉庫に入っていましたが、ひっぱり出して読んでみたところ、そこにはこれでもかというくらい衝撃的な教育底辺校の現場が広がっていました。もはや日本では高校全入で、高校が義務教育化していると言われて久しいです。しかし、小学校で落ちこぼされ、教科書も読めず、先生の言っていることも理解できずに中学校、高校と進んだ生徒たちが集まる底辺校で、進学校に長く勤務し、1を聞いて10を知るような生徒相手に授業して来た教師が、それと同じやり方で授業をすれば、サッカーをして憂さを晴らそうとしたくなる生徒がいても当たり前でしょう。しかし一度崩壊した教室を正常化するのは困難です。教育困難校も言い得て妙な言葉です。一度崩壊したら生徒にも教師にも立て直すのは困難です。

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