絵ピソード11

その61   「鉄よ、鉄よ」とさやかに音を響かせたという余燼(もえくい)の琴はいったいどこで弾かれたのでしょうか。大阪湾武庫川入江の南向かい側、大阪府泉佐野市であったと推定されます。文武の死後7歳だった首皇子に繋ぐ天皇として不比等の同母姉、双子の元正A(飯豊青皇女)と元明が即位しました。泉佐野は飯豊青皇女が好んで住んだ地です。飯豊青の弾くさやかで金属的な琴の音を聞いて、文武は強力なインスピレーションを受けました。官船をなぜ「枯野」と名付けたのでしょうか。その船は軽く浮いて、まるで滑るように進みました。そのため「軽野」と名付けましたが、後世の人が訛って「枯野」というようになった、とされていますが、そうではありません。真実は「からの」という語音を韓国語にあてはめると「ガラ」となり、「行け!遊べ!」の意になります。滑るように早く進むその船に愛情を込めて「行け!遊べ!」と名付けたというわけなのです。
    文武と持統が作った藤原京は、国家の首都として都城制を敷いた最初の都市で、694年から710年までの16年間続きました。持統は703年、文武は707年に亡くなりましたが、持統の死後、最晩年80歳の文武を支えたのは45歳の飯豊青皇女、すなわち元正A天皇だったと思われます。
    元正Aは、721年5月、亡くなったと思われますが、それに先立つ716年(霊亀2年)、現在の福井県小浜市羽賀にある羽賀寺建立を行基に命じたとされます。寺宝の中でも、木造十一面観音菩薩立像が有名で、女帝元正天皇の御影としているその尊顔は、心の安らぎを覚える柔和さで、とても魅力的です。

その62   日本の古代に天皇以上の皇后がふたりいました。持統皇后と光明子皇后です。光明子は聖武皇后で、娘孝謙天皇の後見役として藤原仲麻呂を長官とする紫微中台にあって、政治の実権を握ったとされますが、後日最高級の尊号を与えられた光明子とはいったい誰でしょうか。従来は、「藤原不比等の娘、母は県犬養宿禰三千代で、光り輝く美しさから光明子といった。16歳で首皇子の妃となったが、聖武即位後に生まれた基皇子は立太子後まもなく死去、天平元年(729)、皇后となった」ということですが、全く違います。
    光明子の父は文武天皇、母は金庾信の長男三光(現知多市に、法海寺を建てた僧、道行)の娘です。万葉集19-4224藤原皇后(光明子)の歌がそれを証明してくれます。万葉集の片隅に追いやられた、さえない存在のしかも難訓歌とされていた19-4224。しかし実はこれほどの秘密文献も又とないとおもわれます。それは重大な事実を詠ったものでした。光明子の父が文武天皇であるという事実を。
   光明子皇后が同行した聖武の吉野行幸は計3回。聖武天皇即位直後、父文武の長年の住処であったと吉野に行ってみたいと同行、そこで荒れ果てた吉野宮一帯ををみて改装を決意します。1年2ヶ月後の吉野2回目の行幸が改装祝賀も兼ねて行われました。
   ✴️万葉集19-4224   藤原皇后作
            吉野の道は「奪い返した道」です。財産、地位、権力、
                 すべて投げうち    かつて隠棲されたこの地に 
                  私たちは今やってきたのです。ロバは
                  知っているかのようです   
                  お父様のおられた場は大きく変わったのです

その63    聖武と光明子の娘が孝謙女帝です。天平勝宝4年(752)4月9日東大寺の盧舎那大仏象が完成、開眼供養をしました。孝謙天皇は文武百官を引き連れて東大寺に行幸、盛大な法会を行いました。この歴史的な日の夕、孝謙天皇は母光明子太后と共に藤原仲麻呂の屋敷に行き、そこに住み始めました。仲麻呂の飛ぶ鳥を落とす勢いは、孝謙天皇の後ろ盾があってのことでした。
   孝謙天皇には二人の夫がいました。新田部皇子の子道祖王と、舎人皇子の子大炊王です。新田部皇子は文武と五百重娘の子、舎人皇子は天武と持統の子、従って孝謙天皇の二人の夫はいずれも文武天皇の孫です。しかし、二人の夫はどちらも水準以下のモッミチ=黄葉=足りない男でした。道祖王に至っては男色だったと言われています。
  孝謙には二人の恋人もいました。藤原仲麻呂と弓削の道鏡です。道鏡は文武の息子高安王と娘多紀の子どもで、世が世なら天皇になっても不思議はない、貴種中の貴種、大変なサラブレッドでした。孝謙天皇の病を治してから寵愛を受け、それを利用して政治を私した悪僧であるというのが一般的理解ですが、孝謙天皇は父聖武の選んだ夫たちがことごとく水準以下のダメンズで、真打ち道鏡との出会いがあまりに遅すぎただけの可哀想なお姫様だったにすぎません。
   道鏡は下野薬師寺の別当に任じられた後、この地で没しました。墓は下野市薬師寺地区の龍興寺にあり、毎年4月に「道鏡を守る会」によって供養祭が執り行われています。「道鏡を守る会」は「誤り伝えられていることを正す」という目的で、1985年に発足しました。また八尾市の生んだ高僧道鏡の真の姿を再発見することを目指して活動する「道鏡を知る会」も存在します。
   孝謙天皇は病死したことになっていますが、実は平城京を密かに脱出し、海路下野に道鏡を追い、彼の地で二人幸福に暮らした、とも、、、。

その64    2世紀に百済から渡来した新羅皇子天日槍。その子孫多臣品治は壬申の乱で天武を勝利に導き、さらに妹持統皇后の密命を受けて、高市天皇を暗殺、しかし、ポスト高市は新羅大王だった文武天皇の手に渡り、ついに自身の天皇即位は成りませんでした。ところが品治の息子、古代のスーパーマン役行者が天皇の座を狙うものとして文武に追われることになったのです。『続日本紀』に「文武天皇3年(699)、5月24日、役君小角が伊豆島に流された。小角は葛城山に住み、呪術を良よくすると世間の評判だった。従五位下韓国連広足という者がその能力を妬んで朝廷に讒訴しそのため役行者が遠島の刑に処せられたのである」とあります。役行者の母親は白専女(トラメ=刀自女)といいますが、製鉄の場の祭祀を司る女性だったと思われます。息子を案じた白専女は遂に夫多臣品治を殺しその後を追って自害しました。
    ところで、桃太郎と同様、誰でも知っているかぐや姫の話も実話です。かぐや姫に対する国内の求婚者もはっきり特定されています。1   石作皇子は丹治比真人嶋です 。 2   車持皇子は藤原不比等です 。3   右大臣阿倍御主人は、左大臣阿部内麻呂の子です。  4   大納言大伴御主人は右大臣大伴長徳の子です。   5   中納言石上麻呂足は物部宇麻乃の子です。
   当時の帝は文武天皇。かぐや姫は役行者の長女。『源氏物語』では宇治の優婆塞八の宮の長女大姫として登場します。沈着で思慮深い性格の姫で新羅の聖徳王に嫁ぎます。新羅第33代聖徳王は文武天皇の孫。文武は孫の縁談を進めていたということになります。かぐや姫は成貞王后(厳貞王后)となりました。「月の都」から迎えが来るというかぐや姫の話も無論事実で、新羅王の宮殿は「月城」とよばれていました。 『源氏物語』に先立つ901年に『竹取物語』は著されました。
 

その65    かぐや姫こと聖徳王妃の婚礼が行われた704年の前半、日本国使臣が204人も集団で新羅にやってきています。聖徳王代は新羅の全盛期でもあり、首都徐羅伐(ソラボル)の人口が100万を超えた時代でした。日本からこの統一新羅にやってきていた人々の中に、かぐや姫の実父八の宮こと「役行者」の姿もありました。
   ところで、かぐや姫は716年に「出宮」しています。なんと離婚したのです。「出宮」にあたり、王は「絹500匹、田200結、米一万石、宅一区」を王妃に与えています。驚くほどの財産です。特に家屋は「康申公の旧邸を買い取ったもので豪邸であった」とされています。結婚13年後の離婚理由は明らかにされていませんが、『源氏物語』における大姫は病死しているので、聖徳王妃もおそらく病床にいたのではないかと思われます。異国での重責の日々が思いやられます。父役行者もおそらく娘とともに新羅入りし、特に離婚後は娘の家に同居していたのではないでしょうか。
   日本の高僧が新羅に赴き講話を行った時、聴衆の中に日本語を話す老人がおり、その周りをずらりと虎が囲んでいたという記録があります。製鉄作業者は火花を避けるために虎の皮を被って作業したそうですから、虎の皮の作業着を着た役行者の部下たちが、講話を聞きにお伴したということでしょう。
   日本の「鬼」は頭に一本角があり、虎の皮のパンツをはいています。これは古代朝鮮人の製鉄作業者の格好で、長髪を頭の上に一本に結って、虎の皮をまとった大男の姿です。

その66  日本の鬼は「オンニ」、朝鮮語で「大きな人」の意味で、自分より年上の女性を今もオンニィと呼びます。鬼は古代の朝鮮から渡来した製鉄技術者の総称です。
   製鉄は山の中の作業です。ちょうど節分の時期は、食料が不足する端境期。そこで製鉄作業員は里に降りてきて村の家々の鉄製農具を修理し、そのお礼に食料を分けてもらいます。その時期、人々の命をつなぐ最良の食べ物は大豆。栄養価が高く、いろいろなものに加工できます。炒って食べるだけでもおいしい。
   製鉄に事故はつきもので、作業場には祭祀の場所を必ず設けます。「福姫」と呼ばれる女性の祭祀者が安全を祈ることが多かったのです。
   そこで節分。農具を修理し、明日は山に帰るという前日の打ち上げの宴会。祭祀者、管理者は座敷へ、作業員の皆さんは人数が多いので庭(外)で召し上がれ、というわけです。それが「鬼は外、福は内」という節分の掛け声の由来です。

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